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菅原:皆様、本日は、お集まり頂き誠に有難うございます。本日は小金井市を地盤に活動している総合型地域スポークラブ『アミューズクラブ』のWeb対談企画として、みなさんに大いに語って頂こうと思っております。自他ともに認めるバスケットボール好きが、敢えて新宿は歌舞伎町【小江戸】さんに集結した訳ですから、おカタい「対談」というよりも、バスケットボールやコミュニティ、ご自身のスポーツ観について、気楽にざっくばらんにお話いただければ幸いです。
ではでは、私の前置きはこのくらいにさせて頂きまして・・・っと。ず〜っとバスケットしか知らない宮崎さんから話を引き出さなきゃならない…という、大変な後の進行は、交渉の旨い奥村先生にお任せしますので、まずはカンパイと参りましょう。カンパ〜イ♪よろしくお願いします。
奥村:先日見た光景なのですが、大学の隣の中学校で子供達が随分朝早くからバスケットボールをはじめ、クラブ活動に取組んでいます。これは、コミュニティということから考えますと、青少年の非行防止的な機能も含まれているようなんです。窮屈な意味での管理やコントロールで縛ることにくらべると、はるかに楽しみの部分のある活動の機会と場を生み出している、という意味で。ですから、スポーツには単にプレイを楽しむだけではなく、地域と何かの触媒となる二次的な機能が沢山あるんだなと思いました。小金井市の様な古くからあるコミュニティだと、町におけるスポーツの二次的機能はそれほど意識することなく自然に働いていたのでしょうか?
宮崎:それがそうでもないんですよ。小金井市バスケットボール連盟という組織ができたのは平成元年だし、小金井市には、まず公共のスポーツ施設がないんです。その昔、小金井市は東京都に頼んで小金井公園の中に土地をまとめてもらい、市の体育館を作ってもらったんです。だから体育施設がそこに集中してしまったんですが、結構行きにくい不便な場所でね。前は中学校の先生が施設の指導者で、僕らは参加している側だった。
でも平成元年に、一般の大人が自主的にバスケットの連盟を作って運営して欲しいという気運が上がり、市の方から、関係者が集められたんです。その時、たまたま僕にも声がかかって…そこから作り始めたというのが現実ですね。なぜかと言うと、僕は小金井にある法政大学工学部のバスケット部の監督をしていて、大学生に教えていたんですよ、25年程ね。
一同:え〜っ25年〜っ!? ス、スゴイですね。(心中…それにしちゃ見た目若いなぁ〜一体、宮崎さんって幾つなんだぁ?)
宮崎:(皆の怪訝そうな表情を察し…)イヤイヤ、結構こう見えても年なんですけどね…ははっ。まぁ、まだちゃんと動けてますけど、もう孫が二人もいるんですよ(微笑)。60歳なんですよ、ホントは。だから老眼鏡かけないと見えないんですよ、ボケちゃって。
奥村:いやぁ、見えませんね。風格はあるけど、60歳とはね。バスケをなさってるという事実と、顔立ちがお若いからですかね。
宮崎:でもね、9年前に大学の監督は辞めたんですよ。昔とは大学生の気質が変わったっていうんでしょうか、僕がやりづらくなったのもあるしね。奥村先生はどうですか?
奥村:ええ、その変化は感じてます。私も勤務している大学のバスケット部の顧問をやっています。大学に赴任した時、学生部で体育科の教授が「体格がよろしい(注/奥村氏は身長183cm!!聞かれて当然なのだ!)ですが、何かスポーツは?」と聞かれ、「バスケットをちょっと」と答えたのがきっかけです。当時は、まだ若かったので、気軽に接していたんですが、学生の代が変わっていくうちに、やはり態度のことで、感覚のずれが大きくなってきました。そして、もう5,6年くらい前ですが、部の幹部だという学生たちが「新入生に自己紹介をさせる」と来たときに、新入生もけっこうだが、だいたい君たちは誰なのか、と。その時の対応が、注意せざるをえないもので。ま、丁寧に言うと、こうなりますが、ま、伏線はかねてよりあったものの、恥ずかしながら、彼らの態度にキレた訳ですよ。
一同:え〜っ、先生がキレる?信じられませんね…(注/奥村氏は落ち着いた口調に負けないくらい温厚な顔立ちである)
奥村:え、いやぁ、弁解になりますが、バスケットという私には大切な価値を通じてのボランティアでしたから、怒鳴るくらいはいいか、と。ちょうどアメリカで1年ほど研究してくる、という直前でもあったので、顧問は辞めたんです。ただ、「最近の」でまとめてしまうリスクは、やはり大きいですね。バスケットの面白みはもとより、厳しいトレーニングやチームや部の運営ということの難しさと重要さをわかっている学生もいる。後に帰国してまもなく、少しいきさつがあり、部の主将をしている学生が顧問の承認印が必要な書類があって来たんです。こちらは辞めていると思っていたのを、数年間、彼らは私の認印を使っていたので、ふとどきな話ではあるんですが。この学生は、非常にまっすぐな態度だったので、話してみると、「バスケット」でくくれるいろいろな価値観を共有できる感覚があったんです。彼の指導教授や体育科の教授もさりげなく口添えしてくれていましたので、そうした人たちが背後でサポートしてくれているんだということも認識させた上で、「単年契約だぞ」と、心理的契約というか、約束事を確認するようなことを試みて、顧問に復帰しました。一般大学の場合は、顧問は名前だけ貸すような形式的なもので、学生たちも中・高校の部の顧問との違いがわからないまま、ずるずると関係を引き継いでいる部分もあるんですね。ただ、こうした現象はバスケットに限らず、通常の講義の時間中でも、秩序というか、教える者と教わる者の間の約束事がどんどんおかしくなってきていること一例だと思うんです。
宮崎:わかります。要は、それぞれの立場における“人と人との関わり方”なんでしょう。今、僕はクラブで小学生と中学生を見ています。なぜかというと、小学生のミニバスケットクラブは小金井東小を中心に組織されていて、小金井市の場合、小金井東小の生徒は100%小金井東中に上がっていくので、“地域の子供の育成”という意味で長い目で見ることができるんです。だから長年指導に携わっている僕らのノウハウを僕らが育てた子供達の進んだ中学校の先生達から、『一緒に部活動を手伝って欲しい』と来てくれます。一口に先生方といっても熱心な新人教師もいれば、いまは,動くのが苦手な名門校出身の教師もいます。(苦笑)実際バスケットのプレイをしなくても、子供達に接し、教える立場である先生の指導、審判の指導が重要なんだと、確信します。
あと、個人の才能を伸ばすという意味では、教え方も異なります。僕が見ている社会人チームのAPOLO(女性)&COSMO(男性)は、ほとんどが、学生時代にバスケットをやっていて、社会人になってもう一度やりたくなった経験者で、22〜28歳くらいの子の集まりです。みんなそれぞれバスケットが好きで、それなりに上手な子達が多いんですが、チームにするとダメなんですよ。いろんな先生についた経験がある分、バスケに対する感覚も違うんでしょう。教わってきた指導者が違うんですから、それは当然なんですがね。だから僕はコーディネーターに徹してます。チームの統一よりも個人の技量や個性を良く見て活かし、試合でそれを組み合わせて、役割分担みたいなものを作ってみるんです。何が得意で、どの場面で活躍できる子なのか?誰と誰とを組ませれば点に結びつくプレイができるか?練習試合はコーディネートの試行錯誤の連続です。ただ…女の子はね、技術的なことよりも、いろんな感情があってね…
一同:はいはい…あるある(皆、なぜか頷きながら、満面の薄ら笑い)
宮崎:つくづく社会人の女子チームは難しいなぁ〜って思ってる。だって、2、3回分解しそうになったかな。全国大会やインターハイ常連の高校OGでスゴイ子が一度に3人入ってきた時はいろいろありました。その子たちのスーパープレイでチームは何回も勝つことが出来ましたし、市内大会で何回も優勝させてもらいました。みんなの目標になるような子達でした。でも、他のチームメイトがノーマークでもパスが周らなかったりしたことがあって、チームプレイじゃないなァ・・とキレたんです。
奥村:おっ、宮崎さんもキレましたか…(奥村氏、ニッコリ◎)
宮崎:ええ、キレましたね。たしかに、他の子達からすると別格で、こちらが教えたい、またはやって欲しいプレイができるんです。それは、スゴイんですが・・へたくそでも、ノーマークでポイントエリアに味方がいたらパスは出して欲しかった。その子のナイスシュートもアシストして欲しかったんです。チームプレイで点を取って欲しかったです。それのほうがみんなで喜べて楽しいじゃないですか!楽しもうよ!ってね。女性のチームは難しい…本当に難しい。感情抜きにはどーにもこーにも(苦笑)、ならない。ゲーム展開を見ながら、采配をふっても、あとで、ひと悶着あるんです。いままで、学生チームと小学生、中学生しか見てないので、社会人チームは別の意味で勉強になりますがね…。
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